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そういう時もある

4/26 ギャラリー更新しました

神葬祭でした

※身内のお葬式の話です





 1月10日の早朝。手元にネズミが落ちてくる夢を見て落ちてきたとこでハッとして一瞬目覚めた。なんだ夢か、、と思ってまた眠った。そして朝4時前。この日は普通に学校へいくはずだったが、なにやらウチがバタバタとしててまた目覚めた。

「おばあちゃんが呼吸してないんだって。一応着替えて」

 母にそう声をかけられ、急いで着替えた。祖母(父方)は昨年11月頃から入院している。白血病かもしれないということで退院が延びて、最近は病院を移ったところだった。父と伯父と伯母が先に車で病院に向かっていた。連絡が来たら私と母も向かうことになっていた。

「連絡待っててもしょうがないよね。行こう」

 母の判断により、すぐ出ることにした。最初は大通りまで出てタクシーでいくつもりだった。しかし、誰かの計らいによりもう一台の車の前にあったバイクがどけられていたため、母の運転で向かうことにした。

 10分ほどして、病院に着いた。若干病室に迷ってしまったが、なんとかたどり着いた。薄暗い室内、個室のベッドで呼吸器をつけられ寝ている祖母。周りを父と伯父と伯母、お医者さんと看護士さん2人で囲んでいてドラマで見るような光景だった。お医者さんが聴診器を祖母にあてていた。そして、ドラマで見るように心電図を映す機械がピーと鳴った。お医者さんが聴診器を外して、心臓も止まり、呼吸も確認できないためこの時刻をもって死亡といったことを言った。

 その瞬間、皆が泣き崩れた。それまで平然としていた私も、自然と涙が出てきた。

「ほら、おばあちゃんの手握ってあげて」

 伯母が泣きながら私に言った。ベッドの横へ行き、祖母の手を握った。まだ暖かかった。

 その後部屋を移動し、まだ身体が硬くならないうちに病院の方に綺麗にしてもらい着替えさせてもらった。葬儀のことなどもあるため業者に連絡もしていた。このとき祖母の顔に触れたら、さっきの暖かい手が嘘のように冷たくなっていた。

 あの時、母が出ようって言ってくれなければ、誰かがバイクを出してくれていなければ、タクシーを拾っていても遅かった。あの時、母がすぐ車を出していなければ遅かった。それくらい、間一髪のところで間に合った。こういう咄嗟の判断というのはやはり母の凄さだと思った。

 この病院には霊安室というのがなく、移動した部屋も一時的なところなので暖かく、遺体にはふさわしくないとのことだった。とりあえず、祖母は一旦家に帰らせることにした。ずっと帰りたがっていた家だった。祖母を寝かせるためにふさわしい部屋は今物置状態だったため、私と母は先に帰って片づけをした。

 ここが本当に物置で、とりあえず全部他の部屋に移すという臭い物にフタ状態だったが…なんとか綺麗になった。

 そしてこれで朝の7時代。学校までは時間があるのでちょっと寝た。

 私がこの日いてもできることはないため、とりあえずその日は学校へいくことにした。学校へ行く時間になるともう祖母は部屋に寝ていて、顔に白い布が被されていた。私は生まれたときから祖母と同居しているので、学校へ通うようになってからずっと毎朝いってきますを言っていた。この日も、いってきますと祖母に言って学校へ行った。

 結局、どうも斎場が17日まであいていないようでそれまではうちにいることになった。どんなに悲しみが冷めても、祖母の顔を見ると涙が浮かんだ。

 亡くなってから2日後の12日。棺桶に入れることになった。その方がドライアイスを入れられるので都合がいいようだ。これからずっとお世話になることになる、葬儀屋さんのおじさまが色々手配してくれた。

 うちは神道だったため、祖母の身体に被せるような形で白の小袖と赤い袴を乗せて、巫女さんの姿になった。なんの運命か、実は、今年のお正月私も巫女さんのバイトをした。

 それからお通夜までは、棺桶が家にありました。祖母の顔を触ると、人とは思えないくらい冷たかった。人ってこんなに冷たくなるんだと思った。

 そして、16日。うちに祖母がいる最後の日であった。私はバイトがあり、その後バイトの送別会があってその人は私がバイトを始めてからずっとお世話になった社員さんだったから出たかった。しかし、祖母の最後の日であるため家族でお茶しようということで9時過ぎに帰って昔のことなんかを話した。なんだか、お別ればっかりだなって思った。

 17日。12時ごろに葬儀屋さんが来て棺桶を斎場へ運ぶ準備をした。祖母が好きだったマーブルチョコとか、キンカンとかを追加で棺桶の中に入れた。キンカンの実は燃え残る可能性があるそうで、もし丸く残ってたらキンカンですとw

 祖母は囲碁が大好きで、TVゲームの囲碁をずっとやっていた記憶がある。時には暗い部屋の中でじっとテレビに向かっていたこともあったそうな…祖父が作ってくれたらしい、薄い板の碁盤も棺桶の中に入れたのだが、

伯父「『碁石がないとできないじゃないのよ!』って言われそうだねww」
父「マーブルチョコでやってもらうかww」

 燃えにくい物はあまり入れられないので、そんな結論になりましたww

 かわいい巫女さんの姿だったので、写真取りたいねと昨晩話していたのですが、実際写真てどうなんだろうとググってみると、遺体の写真を撮るなんて…という意見が多かったんです。本人の意思が確認できないのに、と、確かにそれはあるとは思いましたが。

 でも私は遺体の写真を撮るという風には思いませんでした。紛れもなくそれは、祖母の写真を撮っているんだと、思いました。父も伯母も伯父もバシャバシャ撮ってましたよ。私は操作をミスり、連写してしまったww

 そうして祖母を見送り、4時ごろ斎場へ向かいました。

 私が見たこと無い親族の方々がたくさんいらっしゃる中、6時ごろお通夜が始まりました。斉主と斉員は近所の神社の方で、実は私の幼稚園のときの同級生のお姉さんとお祖父さんである。

 神道は祝詞を奏上するだけなんですが(だけではないけど)、隣で他の葬儀もやってて仏式だったから途中からずっと「南無妙法蓮華経~南無妙法蓮華経~南無妙法蓮華経~南無妙法蓮華経~南無妙法蓮華経~」ってすごい合唱なんですよねww迫力スゲエエwwみたいな

 式が滞りなく進み、玉串奉奠(仏式でいうお焼香)も終わりに近づくとき…昔からお世話になっている知り合いのおじちゃんとおばちゃんが見えました。しかしこの人たち。いつも遊びにいくと何かやらかしてくれるんですよね(面白さについてはリンク先過去記事参照)。

 親族の席に座っていましたが、私は2列目でしたが母が最前列で。その二人が玉串奉奠をしてるのが見えたみたいなのですが…神社にお参りするときもそうだけど、2拝2拍手1拝なんですよ。しかし葬儀の拍手は音を立てないでする「忍び手」なんですね。

 しかし、このいつもやらかしてくれるおばちゃん「パンッ」って音が出たwwww

 父と母がヒジで突っつきあってそれから笑いが収まらなかったらしいwwwwwww

 その後は、お寿司やなんやらを食べて、8時すぎ帰りました。


 そして今日、18日。7時過ぎに起きて8時半過ぎに出ました。式が始まる前に祖母の顔を見て、書いてきた手紙を棺桶に入れました。

 10時から告別式が始まりました。お通夜のときのような流れで式が進み、玉串奉奠が終わったあと全員で棺桶の中にお花を入れました。顔の周りに白い菊がいっぱいになって、お花畑のなかでお昼寝をしてるみたいだと思いました。ずっと涙は出なかったけど、やはり顔を見ると涙をこらえられませんでした。

 その後は火葬場に進みました。火葬場の人は皆淡々としていました。こういう仕事だから、淡々とした態度じゃないとやっていけないだろうと思いました。

 本当に最後に、棺桶が開きました。もう顔を見れるのは最後でした。

 棺桶が、するりと中に入りました。扉が閉められ、スイッチが切り替えられました。


 火葬が終わるまで全員控え室でお菓子を食べて待っていました。

 一時間も経たず、火葬が終わったため先ほどの場所に全員戻りました。初めてだから、すごく緊張して心臓がドキドキしていた。すこし震えつつ、係りの人によってお骨が出されるのを待っていた。

 私が思っていたより、骨っていうのはボロボロで、ほとんど形は成されていなかった。骨になった祖母の姿を見たら、また泣いてしまうかもしれないと心構えていたが、姿がない骨を見て意外と涙は出てこなかった。

 その後、親族から順に菜ばしのようなものでお骨を骨壷にいれた。年の割りに(88歳)骨の量が多くてしっかりしてるようでした。骨壷がいっぱいになりました。

私「キンカンはなかったねw」
伯母「食べちゃったんじゃないww」

 その後告別式などをやった部屋でまたお骨などを置いて式が始まりました。告別式の時よりも部屋の飾りなどがとてもさっぱりしていた。

 伯父(父の兄)がお骨を持ち、父が位牌を持ち、私が遺影を持って控え室へ戻りました。

 最後に、祖父の兄弟で唯一来れた末っ子のお爺さんが献杯の音頭をとり、ご飯を食べて全て終了しました。

 ご飯の途中でまた・・・先ほどのパンッってやっちゃったおばちゃんとこのおじちゃんなんですけど、いつもしょーもないんですよねwww 天ぷらとかあったんですけど、食べてたら向こうのほうからなんかニヤニヤしてやってきて私の隣にいた母に「気持ちだけ」といって雑な紙の包みを渡しました。中身、サツマイモの天ぷらwwwwwwwほんとに気持ちwwwwwwwサツマイモが嫌いらしい。


 神道ということで、なんとなく、宗教が気になって調べてみてました。キリスト教は死後天国に行き、仏教は極楽浄土に行き、神道は神の元にかえり家の守り神としてこれからずっと子孫を見守っててくれるそうです(軽く調べた程度なので合ってるか微妙)。

 神道では人は皆神のはからいにより生まれ、役目を終えたら神のもとへかえる。その辺の石ころや食べ物、なんにでも神がいるというのが神道の考え方で、あの世とこの世は思ったよりも近くで繋がっている。先祖の霊は、特別なときや場所を通じて気軽に行き来できるんです。

 私の先祖も、見たことはないけれど、実はずっと家を守ってきてくれてたんだと思う。だから、おばあちゃんはこれから私たち家族の守護神となって、ずっと見守ってくれると思う。

 ごめんね、入院していたときたくさん会いにいったわけじゃない、わたし。後で行ってあげなかったことを後悔することになるって、頭で分かってたのに。お誕生日の時に手紙書くっていいつつ、結局書けなかった。こんな孫でも、守護神になってくれるの?でも、わたしはおばあちゃんを嫌いだと思ったことは無いよ。

 きっと、また「いってきます」って言ったら、「いってらっしゃい」って返事が来ると思う。あの世とこの世は近いから。今まで本当にありがとう。


 そういえば、10日の朝に見たネズミが落ちてくる夢というのは、夢占いでトラブルや災難が起こるという意味でした。怖いなあ。

 祖父は今、入院しています。出来る限りを尽くしてあげたいです。一緒に写真を撮るとか、映像や音声も残した方がいいかなって、わたしは思いました。

 皆さんも、大切な人との限りある時間を大切に過ごしてあげてください。


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