楽しいけど、不快でもある人との関わり方|雑記|そういう時もある 忍者ブログ

楽しいけど、不快でもある人との関わり方

久々にブログ書いてみる。

一緒に遊ぶと楽しいけど、時に不快なところもある人との関わり方についてずっと悩んでた。その、「時に不快」なところがある時点で自分にとって害のある人間だから、なるべく害は排除した方がいいんじゃないかと思う。だから、もう関わりを絶った方が自分のためかなと考えるんだけど、やっぱり楽しい時は楽しいから切るのも惜しくて悩んでしまうんだよね。

これに関してまず思うのは、もしどうでもいい人間だったらこの悩みすらまず持たないということ。どうでもいいと心で思ってたら、嫌なことをされた時点でああもう関わらないようにしよ。としか思わない。これは、相手のことを少なからず大切だと思ってて、できれば関係を継続したいから、その嫌なところを少しでも改善してくれないかな、と期待してしまうからこその悩みだと思う。

だけど嫌なところがストレスになることも事実だから、どうしたらいいものか…と長いこと結論が出なかったんだけど、最近これに似た状況の友達がいたんですね。それで、友達の話を聞いて私はこう思ったんです。

「一緒にいて楽しいと思うことがあるなら、わざわざ縁を切らなくていいと思う。だから、なるべくその友達のいい面とだけ付き合いを持って、嫌な面は出させないように適切な距離を取りながら仲良くするのが一番いい。」

……いや、これじゃん。結論、これじゃん。

話を客観的に聞いたことにより、自分自身の悩みの解決となった。自分のことはずっと悩んでたのに、客観的に聞くだけでこんな簡単に結論が出るとは……

とはいってもまあ、「適切な距離を取りつつ」っていうのが難しいところではある。私は昔から「0か100か」でものを考えてしまうタイプで、嫌なところがある人は完全に排除した方がいいか…みたいな極端なことを考えてたのね。でも最近は「中間」を取る練習をしている。

友達だからといって、全てを好きでいる必要はない。こういうところは好きだけど、こういうところは嫌い。って相反する感情を持っていても良い。こう思うようにしている。

考え方としての矯正はでき始めてるけど、それを本心で思えるようになるにはまだ時間がかかりそう。こういうのは思考習慣で、習慣づけることによって本当にそう思うようになるというもの。でも、まあ、考え方を変えることができたのだからまずは一歩だと…思いたい。

こう偉そうなことは書いてるけど、未だに楽しいけど不快でもある人との関わり方には悩まされる。距離を置くべきなのか。でも、冒頭でも書いたように、こう悩む時点で相手のことをまだ大切にしたいと思ってるということなんだと思う。

次に直したい思考は、自分の評価を他人と比べることではなく自分自身の軸で評価する、ということかな。こういう思考になるためには、本当に強く自分の軸を持つようにしないといけないだろうね。これも、ちょっとずつ直せるようにしたい。

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