同調集めをする。|雑記|そういう時もある

そういう時もある

双子と男の娘が宇宙を旅するぶっ飛びギャグ創作をやっています

同調集めをする。

なんとなく気付いたことがあるんです。
この世で評価されるものって、この世ですでに評価されたものなんじゃないかと。

わたしは、分かりやすい指標で周りから認められることに固執していて、それのせいでなかなか気が狂い倒していたんだけど(分かりやすい指標=閲覧数など)、それはそうやって何かに認められれば自信が持てるからと思っていたのね。

不特定多数に多く見られることや、何かに選ばれることは、それすなわち能力が高いことを示すと思っていたから。

しかし……認められること=能力が高い、ということすら幻想だったのかもしれないや…

きっと人間の多くは、見たことないものや自分にとって新しいものを排除しがちだろう。となると、多くの人に受け入れられるものって、既視感ある二番煎じのものなんじゃないか…?あるいは、「他の多くの人がいいと言ってるからいいんだろう」というものなんじゃないか…。

鬼滅の刃だって、もし周りの100人中1人しか面白いと言ってなかったら、自分は面白いと思ってても言い出しづらくて「これ面白くないよね」と同調する人が大半なんじゃないだろうか。。。

きっと本当にいいものなんてこの世に存在しない。この世には存在しないけど個人の心の中にはあると思う。

むしろ、それが全てでしょう。
この世の目に見える"いいもの"なんて、人々がでっちあげた同調なんだろうね。

なんでそこらへんの落書きは犯罪なのに、バンクシーの落書きは歓迎されるのか。それはバンクシーが有名で多くの人から絶賛されてるからじゃんねえ?
絵をシュレッダーにかけるなんて意味が分からなくても「それがアートだ」と誰かが言えば、そうかこれが素晴らしいアートなんだって意味が分からなくても人々は同調していく。

認められること=能力が高い、というより、ただ同調を集めたものという気がする。だから、幻想かなって思った。

同調集めをしたいのかな、わたしは。

周りの意見に左右されず、自分がいいと思ったものを貫いて発信できる人は日本人には少ないんじゃないかなぁ?やっぱり"気遣い"文化だし。そんな中、他の誰が何と言おうとこれが「好き」を言える人って希少な存在だなあと。

こんな文書いてる自分が嫌になってきた。


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